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第一章 世界を駆けめぐったクローン羊のニュース  
     
 クローン羊の誕生
 
一九九七年二月二四日。
 この日も私は未明に家を出て、千葉の佐原でヘール・ボップ彗星の観測を行った。天体観測は私の趣味である。望遠鏡を通して眺める遙か彼方の星雲・星団の神秘的な姿は、日々診療で追われる私の心を癒してくれる。昨年の百武彗星も素晴らしいものであったが、今回接近しているヘール・ボップ彗星は百武彗星を超えるであろう何百年に一度の大彗星である。天文ファンとしては見逃すことはできない。彗星観測の好機となる最近は、晴れた日には出来る限り佐原の天文台で過ごすことにしていた。
 その日の朝も宇宙の大ロマンを堪能してさわやかな気持ちで家に帰って来た。
 コーヒーを飲みながらすでに来ていた朝刊に目を通していると「クローン羊」という文字が目に飛び込んできた。その瞬間、私は、
 「これは大変なことになったぞ!」
 と絶叫したい衝動にかられた。
 クローン。完全なる複製。それは私が長年、ずっと研究していたテーマである。
 その記事にザッと目を通すとこんなことが書いてある。英国のロスリン研究所が、成長した細胞を使って、もとの羊と遺伝的に全く同じクローン羊を造ることに成功したというのだ。
 その記事を読み終えたとき、私は身体中の細胞がざわめくのを感じた。クローン羊が造れたということは、クローン人間も造れるということである。「可能性として造れる」というのではない。技術力さえあれば、そして自分のクローンを造ってもいいという者さえ現れさえすれば、必ずできることである。羊で造れて人間だと造れないという理由は全くない。つまりは、近い将来、必ず人間のクローンも造られるということである。今までクローン人間は可能性としてのみ語られてきた。が、今回、クローン羊の製造が成功したことによって、もはやクローン人間の誕生は、単なる「可能性」だけではすまされなくなったのだ。そういう思いが一瞬にして私の頭の中をよぎった。(以下続く。)

 
                     
 
 


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