tittle ホーム連絡ご注文
 
 
                   まえがき

 本書の意図をひとことでいえば、学校現場で日々がんばっている英語の先生への理論的連帯のメッセージ発信、である。授業のテクニックに関することは書かれていない。いま何を教室授業に関して考えなければいけないのだろうか、という授業の「そもそも」論が主な内容である。
 
 ここ20年くらいの間に、コミュニケーション重視の言語教育論がいろいろな形で紹介され、学校英語も変わりつつある。しかし、大量の情報、多様な価値観、不透明な将来像のため、英語の先生方が教室授業について確固とした信念をもちにくくなっている状況がある。このような状況の下では、いま自分がどこに立っているのかを知るために、コミュニケーション重視の言語教育理論について「来し方」を振り返り「行く末」を考えてみることも多少は必要であろう。そう思って、これまで自分で読んで影響を受けた書物や論文のいくつかを取り上げ、愚考を交えながら内容を紹介してみた。抽象的な理論に関する事柄は、英語を介する方が内容をよく考えることができるような気がする。
 
 学校英語の空洞化をすすめてはいけないという願いが本書には込められている。学校英語とは、学習指導要領にもとづいて中学校と高校で行う外国語(英語)教育をさしている。外国語(英語)教育は、「英学」の伝統を引き継ぎ、多くの関係者の努力により、今日の姿を見るに至っている。「教養的価値」(人格形成)と「実用能力」をともに尊重しながら、日本人教師が責任をもって、できるだけ多くの生徒に(できれば必修科目として)履修させる、ということが外国語(英語)教育のおおまかな国民的合意内容であったと考える。しかし、その基盤がいま揺らぎ始めているのではないだろうか。

 例えば、「英語公用語化」論がある。「21世紀日本の構想」懇談会報告書(2000年1月)の「総論」で明らかにされたそれは、「日本人全員が実用英語を使いこなせるようにする」という到達目標を設置して、無学年制の修得レベル別クラス編成、英語教員の能力の見直し、外国人教員の「思いきった拡充」、英語授業の外国語学校への委託、大学の授業・研究の英語化、などの施策を提言している。つい最近、文科省が発表した「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール」(スーパー英語高校)を平成14年度から全国で20校指定するという方針も、この施策の一環と考えられるだろう。

 まわり道のように見えても、学校英語の当事者が自分の仕事を理論化して確信をもつことがその空洞化をくいとめる最善の道であろう。そのためには、授業という自分の仕事を振り返る理論的な手がかりが必要になる。とりわけ、学校英語に大きな影響を及ぼしてきたコミュニケーション重視の言語教育理論の枠組を、教室授業に対する問題意識を深めるのに役立つ概念を含む文脈で、とらえる努力が求められると考えた。いま現場の先生方の関心は授業技術に向かっている(それはそれでとても重要なことである)と推測されるが、本書はあえて「そもそも何が問題か」という理念的レベルにこだわった。
 
 各章の関心と扱っているテーマは以下のとおりである。

 第T章では、コミュニケーション重視の教授法の言語理論として、「言語伝達能力」(communicative comptence)という用語の ‘いいだしっぺ’ であるハイムズ、社会的な場面の脈絡と意味の体系網の結びつきを「社会的意味論」にまとめたハリデー、機能的な意味の重要性に着目した「言語行為論」を唱えたオースチンの3人を取り上げ、それぞれの言語理論の内容を概略的に説明した。この章は一番最後に読んでもらっても構わないが、もし読んでいただければ、Communicative Language Learning (CLT) の解説書や英語論文に登場する概念・用語・論点が理解しやすくなると思う。

 第U章では、‘Communicative Competence’という概念の曖昧性を問題にしたテイラーの論文を中心に、この概念はどう定義すべきだろうかという問題を論じている。われわれは自明のことのように「コミュニカティブ・コンピテンス」とくちにしているが、‘comptence’とはそもそも何か、‘ability’や‘proficiency’とどう違うのか、コミュニケーションの力をつける授業はどのような原理にたって構成すべきか、などの問題について考えてみた。

 第V章では、外国語(英語)科のテストはどのよう方向で改善されるべきかを考察した。テストとはなにかという根本的な問題にふれたうえで、コミュニケーション重視の考え方をテストの内容・形式(フォーマット)にどう生かすことができるか、テストの妥当性ということをどう考えたらよいかなど、テストの作成や実施にかかわる諸問題を扱った。

 第W章では、シラバス構成論を取り上げ、そのなかで過程シラバス(Process Syllabus)がどのような意義をもつかを考えた。過程シラバスは内容シラバス(Content Syllabus) に対立する概念であるが、過程シラバスは教室場面における教師と生徒の「協議的契約」であるとするキャドリンやブリーンの考えを中心に論述を進めた。そのうえで、学習指導要領の柔軟化・弾力化・大綱化の意義について個人的な意見をのべた。
 
 第X章では、学習指導要領を「研究的に読む」という問題意識にたち、改訂ごとの主要な特徴点を中学校と高等学校に分けてのべた。そのうえで、今後に生かすべき内容と慎重な考慮を要する二、三の問題点を指摘した。コミュニケーション重視の言語教育理論に照らして、学習指導要領は特定のアプローチに固執することなく、中学・高校の連携がスムーズに図られるような内容構成に意を用いるべきだという考えを強調した。

 第Y章では、最近よく使われる「タスク」という用語の意味を吟味しつつ、「タスク」より「活動」という概念に依拠して教室授業のいっそうの活性化と充実を図るべきだという考えをやや詳しくのべた。「言語活動」をさらに創意工夫して発展させることがいま改めて重要になっている。

 本書の各章は議論の色彩が濃く、論点の揺れや不適切な説明、さらには掘り下げ不足など、欠点が多々あるだろうと思う。また、理屈が過ぎてくどいという批判をいただくかもしれない。しかし、学校英語教師として自信をもって職務を遂行するには、日々の授業技術を磨くとともに原理に立ち返った問題意識を持ち続けることも必要なのではないだろうか。本書がその点で多少の役に立てば、とひそかに願っている。

 本書は多くの人々のお世話になることで誕生することができた。個人的な名前をいちいちあげないが、これまで公私ともにお世話になった諸先生、同僚、友人はもちろん、実践・理論の両面から考える素材をたくさん与えてくれた北海道各地の草の根の英語の先生方、北海道新英語教育研究会のメンバー、北海道教育大学釧路校の大学院修了生および卒業生、並びに現在の院生、学生のみなさんに、心から感謝を捧げたい。

 リーベル出版の串原徹哉さんには出版が実現するまでたいへんお世話になった。この場を借りて厚くお礼申し上げる。

 平成13年(2001)11月      

                                      著者記す

 
                     
back
 
 
 
著作者別一覧書名別一覧ジャンル別一覧自費出版問い合わせご注文
 


2001 Liber Press. All right Reserved.